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J リーガー引退後の人生

ファイナル・ホイッスルの後に 2    

フットボールカルチャー > プレーヤー特集 > ファイナル・ホイッスルの後に 2

コーチ、解説者から弁護士、メロンパン屋まで・・・。Jリーガーに見る引退後の人生。

「イングランドと日本のフットボール選手を比較すると、もともとのサラリーが大きく違う。イングランドには億単位を稼ぐ選手は普通にいるけど、今のJリーグにはひとりもいない。だからイングランドでは『引退後の身の振り方は自分で考えろ』というのが普通だろうし、日本は『現役のうちから引退後の準備をしておくべき』とサポートシステムが整備される。そんな環境の差がありますね」

こう分析するのは、元プロフットボール選手の西野努さん。神戸大学を卒業後、Jリーグが発足した1993年に浦和レッズ入り。9年間プレーし、2001年末に引退した。直後に浦和のフロントへ入ったが、現役時代から海外留学の夢を持っていた彼は働きながらブリティッシュ・カウンシルで英語を学び、2003年夏からリバプール大学へ。フットボール・インダストリーズ(サッカー経営学)を専攻し、1年でMBA(経営学修士)を取得する。

帰国後は再び浦和に戻って営業部で働いていたが、2005年からはフリーに転身。大学講師をする傍らで、コンサルティング業務などを行う。今春には会社組織を立ち上げ、本格的にスポーツビジネスに取り組んでいくという。

とはいえ、西野さんや数年前にメロンパン屋を立ち上げた元日本代表の山田隆弘さんのように、引退したJリーガーが新規ビジネスに乗り出す例はまだまだ少ないのが実情だ。

指導者への道は狭き門
2002年に発足し、Jリーガーの引退後をサポートしている「Jリーグキャリアサポートセンター」の調べによると、引退後の生活は大きく言って4つに分かれるという。

最も多いのが、(1)指導者などでフットボール界に残る道。アルビレックス新潟の反町康治前監督や清水エスパルスの長谷川健太監督はJリーガー経験者だ。とはいっても、そんなポジションに就けるのは稀な例である。

「イングランドに比べると日本のフットボール市場ははるかに小さい。イングランドなら5部くらいまで選手が出場給をもらえるし、コーチとして働ける場も多い。でも日本はパイが小さい分、新たな指導者を受け入れる場も少ない」と西野さんが言うように、指導者になりたくてもなれない現状があるのだ。

新たな可能性
となると、全く違った道を模索せざるを得ない。(2)一般企業への再就職、(3)大学進学など学業への復帰、(4)独立開業・・・という3つの選択肢がある。

再就職の例としてはスポーツメーカー、イベント会社などフットボール関連企業が多い。大学進学は高卒後間もなく解雇となった若い選手がメインである。日本の場合、解雇通告を受ける選手の平均年齢は26才。人数では高卒3年目が最多だという。だから「もう1回、学校へ行って勉強し、次のキャリアを考え直したい」と考える選手も多いのだ。

最近では弁護士試験に合格した元ガンバ大阪の八十祐治さんが世間の関心を引いた。そして最後の独立開業に西野さんや山田さんが該当する。

インターンシップ制度
そんな先輩たちのようなスムーズな第2の人生を築くために、Jリーグキャリアサポートセンターは選手たちへの啓蒙活動を積極的に行っている。その活動のひとつが‘インターンシップ制度’。中村裕樹カウンセラーは「最初の2002年度は900人近いJリーガーに声をかけたが応募者は0人。『こんなのをやって意味があるの?』という声が多かった」と、当初は無関心ぶりに驚いたという。

そんな状況から4年が経過。2005年度は120人が関心を示すようになった。実際に20人が職業体験をした。ラーメンが大好きな広島の盛田剛平がラーメン屋で働くなど変り種も。「お金をもらうというのはどんな仕事でも大変だと痛感した」というコメントに実感がこもっていた。

日本流セカンドキャリア
一方で、新潟の鈴木慎吾はジェイ・スポーツ・ブロードキャスティングで解説者にトライした。今でこそ‘日本代表に近い存在’といわれる彼だが、19才で浦和を解雇され、直後に入った横河電機では営業部で働きながらプレーした経験を持つ。

「19才でクビになった時は『どうしたらいいんだろう』と途方に暮れたけど、横河に入って働いたことで社会の仕組みを知った。だからこそ、今から知らない世界を体験することは大事。900人のJリーガーのうち120人しかインターンシップに参加しようとしない現状はやっぱり関心が低いと思う。選手のうちに先の人生を考えると『もう現役はいいの?』とか言われがちだけど、お金を貯めたり、英会話を学んだりとできることはある。将来はサポーターとのふれあいの場を持てたらいい」と具体的なビジョンを持っているようだ。彼のような意識を持つ選手が増えれば、フットボールの社会的地位も向上していくだろう。

日本のプロフットボールは始まってまだ10年あまり。ベッカムやルーニーなど世界中から注目を浴びるスターを輩出するイングランドフットボール界とは歴史も環境も違う。引退後の人生を見ると地味な印象は否めないが、日本には日本のやり方がある。Jキャリアサポートセンターなど組織的な支援を受け、自分の第2の人生をしっかりと設計していく。それが‘日本流セカンドキャリア’ではないだろうか。

2006年3月
元川悦子

ファイナル・ホイッスルの後に
パート1 :英国プレミアリーグ選手引退後の人生

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